日干とMBTIは何を分けているのか
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MBTIは答えた内容で人を分け、四柱推命は答えようのない生まれた瞬間で分ける。十干が主張していること、二つの分類が重ならなくなる場所、そして壊れ方がちょうど裏返しである理由。
人を仕分ける機械が二つある
この数年で、MBTI は職場の質問紙から日常の言葉になりました。初対面で四文字を聞き、それで距離の取り方を決める。そういう使われ方が普通になっています。
同じ場所で、もっと古い仕分けの機械もずっと動いています。四柱推命は、生まれた瞬間を八つの字に書き換えます。結婚の日取り、引っ越し、子の名前——判断の前に一度見る、という付き合い方をされてきました。
この二つはよく比べられますが、たいてい出口から比べられます。十六タイプ対十干、という具合です。面白いのは出口ではなく入口のほうです。片方はあなたに質問し、もう片方は時計に質問します。
日干とは何か
八つの字のうち、読み解きの主語になるのは一字だけです。日柱の上の字——日干です。十干のどれか一つで、五行がそれぞれ陽と陰に分かれて十になります。
同じ木でも、まっすぐ伸びる大木(甲)と、絡んで上がる蔓(乙)は別の字です。同じ火でも、真昼の太陽(丙)と灯り(丁)は別の字です。伝統はその形の違いで説明を組み立てます。良し悪しではなく、規模と、どう壊れるかが違う——そこが効いています。
日柱は日付から直接出るので、十干はほぼ均等に分かれます。六十日の周期が暦を回るだけなので、どの干もおよそ一割です。MBTI の十六タイプはまったく均等ではありません。よく出るタイプと、数パーセントしか出ないタイプがあります。一方は作りからして等分に配り、もう一方は「多くの人が数個の箱に入る」と発見する。この非対称は覚えておく価値があります。
十六の箱と、518,400 通りの命式
MBTI の十六は、二択の軸を四つ掛け合わせた数です。四文字が分かればタイプが分かる——ラベルがそれ自体で完結しています。
命式はそうなっていません。年柱は六十干支のどれか。月は十二の地支のどれかで、その天干は年干から決まります。日柱はまた六十のどれか。時は十二の地支で、天干は日干から決まります。掛け合わせると、表記が許す組み合わせは 518,400 通りです。
十六の箱ならタイプが答えです。五十万通りなら、日干は答えの一行目にすぎません。
同じ日干が、逆向きに読まれる
ここが構造の違いで、たいていの比較が落とすところです。MBTI のタイプは文脈から独立しています。INFJ は誰が持っていても同じ意味で、説明をひっくり返す第二の変数はありません。
日干にはその第二の変数があります。残りの七字が日干を助けているのか、日干を使う側に回っているのか——身強か身弱か、という言い方です。そしてこの答えが、同じ干に付く助言を反転させます。同じ甲の日干でも、支えられている人と、使われている人に出るのは「強い版と弱い版」ではありません。逆の指示です。
正直に対応させるなら、十干を十六タイプに写す作業ではありません。MBTI は名詞を一つ渡し、四柱は名詞と、それが置かれる文を渡す——それくらいの違いです。
どちらも似た擁護のされ方をする
使う人の擁護の言葉は、どちらも同じです。よく当たっている、前から感じていたことに言葉がついた。それは実際の用途ですが、測定として妥当だという話とは別です。
MBTI の弱点はその文献自身に書かれています。四つの軸は連続した回答から点数化され、それを真ん中で切って二択として報告します。ところが点数の分布は二つの山に割れておらず、多くの人はどれかの軸で中央付近にいて、わずかな差で文字が決まります。数週間後に受け直すと違う四文字が出る人が相当いるのは、山と山のあいだではなく人の群れのど真ん中に線を引いているからです。
四柱推命は、ちょうど裏返しの問題を抱えています。計算は決定的で再現しますが、読み方はまったく標準化されていません。23 時以降を翌日と見るか、五行を数えるときに蔵干まで数えるか、身強身弱を判ずるときにどの位置を重く見るか——流派で割れます。同じ八字を立てた二人が違う読みを出しても、それぞれの流派の基準では間違っていません。
壊れ方が逆なのが面白いところです。MBTI は入口が不安定で出口が固い。回答は動くけれど、タイプが出てしまえば INFJ の意味は皆が共有します。四柱は入口が固くて出口が不安定。生まれた瞬間が決まれば命式は動かないのに、その意味が議論になります。
どちらも向いていない用途
MBTI は、発行元自身が採用や昇進の判断に使わないよう長年言い続けています。受け手が意図を見抜ける自己申告の質問紙は、選抜の道具にならないからです。四柱推命にはもっと重い版の同じ注意が付きます。命式は予言ではなく、そこから進路や健康の結論を引き出すのは、証拠の種類を取り違えた判断です。
どちらも向いているのは、同じ控えめな用途です。語彙をくれること。真昼の太陽ではなく灯りだと言われる、あるいは「決めてしまいたい側」だと言われる。そこから自分の説明を始めて、あとで反論できる。価値があるのは反論のほうで、どちらの体系にもそれを打ち切る権利はありません。
もう一歩進むなら
日干は読み解きの一行目で、全部ではありません。上の道具は月支から取る格局、ほかの字が日干とどう関わるかを名づける十神、十年ごとの大運まで出します。時刻に何を補正したか(標準時・経度・均時差)も画面に書きます——時柱はそこで一つずれるからです。
暦そのものが気になるなら、旧暦と新暦を行き来する旧暦・新暦変換もあります。生まれた日を旧暦でしか知らない場合、命式を立てる前にここを通ることになります。